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KENSHIN

「HYKE」や「N.HOLLYWOOD(NY)」「UNDERCOVER(PARIS)」といった名だたるメゾンのRUNWAYにてHAIRを担当、これまでも『VOGUE』や「GAP」「ZARA」の仕事を手がけ、さらにはEpo Hair Studioの立ち上げと運営もこなす、HAIR ARTIST Kenshin氏。今回HEADS TOKYO " ESSENCIAL"のページでも連載中、植物と美容への飽くなき探究を続ける彼にインタビューを敢行。 幼少期から学生時代、ニューヨークでのエピソード、Epo Hair Studio のこれからについて、その発想力とエネルギーの源を解明すべくお話を伺った。

 

■若さと熱意で美容の道へ

彼の順風満帆なように見えるキャリアからすれば、きっと幼少期も特別なものだったのだろうと想像するのは難しくない。しかし彼は淡々とした様子で、自身についてなんの取り柄もない平均的な子供だったと語り始めた。

〉Kenshin 氏(以下、Kenshin)

僕は大阪だったんですけど、うちは母親が脳の研究者、父親は公務員の平均的な中産階級だったんです。親に遊んでもらった記憶は一切ないですね。結構ファッションキッズだったんで、『i-D』や『VOGUE』などの海外雑誌をよく読んでました。当時世界的なヘアサロンチェーンである「TONY&GUY」が『VOGUE』にたくさん寄稿していて。「ここで働けばファッション業界に入れるんじゃないか」と思い、美容師免許もカット経験もないまま面接を受けに行きました。

当時ちょうどカリスマ美容師ブームが到来する少し前の時期で、50人〜100人くらい試験を受けにきている。パーマの試験があったんですけど、人の髪の毛を切ったこともないのに、巻けるわけないじゃないですか。そしたら社⻑に「あんた1本も巻けないわね」って言われて。そこでなんで試験を受けにきたのかを熱く語ってみたんです。そしたら面白いって会社に入れてもらって。そこからヘアメイクの道へと入っていきました。

 

 

盲目的にただただキャリアを積みたかった、何者でも無い鼻息のあらい若者だったと振り返るKenshin氏。彼にとってはじめて魅力的に映り、若さと熱意で飛び込んだファッションの世界にのめり込み、水を得た魚のように我が道を突き進み始める。

 

■バブル期のNYと旅で得た経験

そんなKenshin氏が次に向かった先は、構造改革が行われちょうど花開いてきた最中のニューヨーク。日本のバブルが霞むほどに華々しい街で仕事をこなし、毎週のように世界各地に飛び立つ生活を送る日々。現在の彼のライフスタイルも形成されたというニューヨークでは、今では考えられない規模の撮影現場も。

〉Kenshin

「TONY&GUY」を辞めたあとはニューヨークへ渡りました。自分の凝り性を評価してもらえたのか、意外と自分を雇ってくれるエージェントもすぐ決まり、とんとん拍子でしたね。渡米した1999年は超バブルの時代。昔の日本のバブル期と同じかそれ以上の勢いがあって、色々なところに遊びにいきました。街がクリーンになってコマーシャル化されてきてだんだんみんなクラブには行かなくなってきて、その代わりコーヒーやタトゥーといったオルタネイティブな部分が密かにやってきていました。ブルックリンな感じの男たちが増えて、新しいカルチャーが生まれていて。

当時『DUNE』という雑誌が日本にあって、林文浩さんから16ページくらいのストーリーでなんでもやっていいって頼まれたから、写真家のアルバート・ワトソンの息子のノーマン・ワトソンっていう人に掛け合った。彼はデヴィッド・シムズの師匠だったんですけど、当時ドラッグから復活してきたときで。

4日間くらい寝ずにずっとスタジオで撮影した。でも終わらないでくれって思うくらい面白かった。

ミニマムなメンバーでやって、ライティングもすごくて、どんどんキャラクターを作っていく。当時4×5ってフィルムで、1枚切るのに1000円かかるんですけど、ガンガン撮って、写真だけで1000万円くらい使ったんじゃないかな。気に入らないって言って200万ぐらいかけて作ったセットも作っては壊して。

あとはずっと「GUCCI」のキャンペーンを撮ってたルイス・サンチェスって人と仕事をしていて、マリオ・テスティーノと『VOGUE』の表紙を撮ったりもした。自分のクライアントのうちの「J.Crew」で働いている人たちがめちゃくちゃおしゃれで、そこで今の自分のスタイルが感化された部分も多くて。毎月世界中どこか旅に行って撮影するんです。水着の撮影をするのに2週間もメキシコに行って、朝の1時間だけ撮影してあとの時間はずっと遊んでる。海も綺麗で自然もジャングルもすごいし、また訪れたい。今思えばいい時代だったのかもしれないです。

 

 

 

 

街が活気付き、新しいカルチャーが生まれていく豊かな環境下で一流のクリエイターと仕事を共にし、制約のない中でひたすらファッションを追求する。そんな海外生活中、旅先では危険な場面に遭遇することもあったが、現在の活動にも繋がる植物、クラフトカルチャーとも出会うことに。

〉 Kenshin

パナマはヤバかったです。撮影するのに警官が機関銃を持って護衛してくれて、4人フォーメーションを組んで囲ってくれる。だけど、撮影が終わって夜飲みに行こうとホテルの道を渡った瞬間に警察に止められて、警察にカツアゲされるっていう(笑)パスポートを渡したら「偽物だ、署までくるか?」って言われて、「いやいやコーヒーでも飲んで落ち着かないっ? 20ドルでどうぞ」「20ドルか……」って、しょっちゅうそんな感じだった。

植物に出会ったのはカリフォルニアですね。ずっと「GAP」の仕事をしていたんで、月に3回通っていたんです。その時登山に凝ってたんで、行くたびに1日休みをとって山に入ったり国立公園に入ったりして。そこでそのまま採ったものを蒸留しているおじさんを見かけて「これだ!」って衝撃を受けた。

当時サードウェーブコーヒーがはやり始めた頃で、クラフトでものを作るのに注目が集まっていて。自分はその時、大量生産の洋服を売るためにビジュアルを作るアドバタイジングの仕事をしていたので、その反動もあって1個1個手作りのものを作るのはいいなぁと思っていました。2010年代はファッションがシステム化されたというのがあって、面白いのが出てきづらくなってたときで。

それこそ仕事はずっと忙しくて、いいフォトグラファーやスタイリスト、マガジンとずっとお仕事させて頂いてたので、仕事に関しては不満はなかったんですけど、夢があるのかと言われるとシステマチックにはなっていて、カウンターの方にいきたいなと。旅に出るようになってから色々なものを見て、こういう知見をもっと活かした方がいいと思ったし、フィールドを広げるならそういう方が面白いかなと。

 

■0から形にするEpo Hair Studioのこだわり

帰国後は自身がオーナーを務めるEpo Hair Studioをスタートさせるなど精力的に活動。膨大なリサーチを重ね、採取から蒸留、プロダクトに落とし込むまで徹底的に自分たちの手で開拓し、Epo Hair Studioでしかできない体験を生み出し続けている。未知、0からのスタートだからこそ、毎月何十、何百と実験を繰り返し、プロダクトに落とし込むのは並大抵のことではない。こだわりにこだわりを重ね、開発開始から3年が経過した香水についても語ってくれた。

 

 

 

〉 Kenshin

大体どの香水も人工香料で、今は人工香料と天然香料の1番上のグレードを掛け合わせたものがはやってるんですけど、うちは天然香料、精油のみで作るっていうのをやろうとしてるんです。だけどこだわりすぎてて、1回ちょっと練り直してる。

人工香料は化学物質なんでいくらでも作れる。その代わり独特の柔らかさがなく、ケミカルっぽい香りになりますが、メリットとしては安定性が高い。香りは持続するし、時間が経っても品質はそのまま。天然香料は香料としてはすごくいいものなんですけど、安定性が少ない。製品にしようと思うと、やっぱり安定性が必要になってくるんです。

ここEpo Hair Studioだと、1番ベストな状態というのは作ったものそのままをお出しすること。食べ物と同じと考えてもらえばいいんですけど、合成保存料や着色料を入れてお弁当にするのか、採れたものをそのまま調理して出すかの違い。うちはすぐ出せる状態のものをずっと作ってるんですけど、お持ち帰りしたり、遠くに時間をかけて運んだりすると鮮度は落ちる。

デザインもこだわりがあって瓶から作っていて、今色々とガラス工場を当たったりしている最中です。

 

 

■植物に魅せられた理由

興味のあるものは何でも蒸留し、思いついたものを形にしようとしては失敗してきたことも数知れず。試行錯誤の日々が続く。しかし何故そこまでこだわるのか?彼の植物に対する考えを聞いてみる。

〉 Kenshin

なぜそもそも植物なのかというと、大きい動物って、ぞう、きりん、サイ、全部草食じゃないですか。なんで草しか食べてないのにあんなにパワフルで大きいのかとふと思ったんですよ。調べてみると、草食動物って哺乳類の中でも1番進化している形の最終形で、エネルギー効率がかなり高い。なぜかというと、植物を食べて効率の良いエネルギーを得ているから。逆に肉食動物だと狩りをしないといけないんですけど、狩りの成功率は20%くらい。絶滅危惧種のほとんどは肉食動物なんです。

植物ってそもそも脊椎や骨を持ってないんで、1個の細胞がカチカチで。動物は細胞の周りを細胞膜が囲ってるんですけど、植物は細胞壁なんです。これを溶かせると中の内容物が抽出できるんですけど、それを消化できる動物は実はいなくて。消化するにはセルロース分解菌が必要で、その菌を草食動物はお腹に飼ってるんです、腸内菌として。そのエネルギー効率たるや、動物の細胞エネルギーに比べると火力発電と原子力発電くらい違うんです。理想的な生き物としてのエネルギー効率変換率が高い。

そこで、オイルの次に発酵を始めたんです。発酵するものはエネルギーの抽出量がすごく高くて、大学の研究機関に提出してみたらアミノ酸がどっさり入っていて、トリートメントとして使ったらつるつるになった。すごいって言ってるうちに色々な会社がコンタクトしてきて、原材料をやって欲しいというところまできました。

結局ケミカルなものは自然物に似せて作ってるだけで。例えばマラリアの特効薬のキネーネって、キネーネという木から抽出できるものがマラリアに効くってわかって、その塩基配列を化学物質で再現しただけなんで。

 

 

植物が秘める美容のエネルギーは、まだまだ解明されていないことが多い。だからこそ実験を重ね、植物本来の力を最大限に引き出し、パッケージングするまでの全ての工程にこだわる。研究者に引けを取らない膨大な知識と多様な観点。一体どうやってインプットしてたどり着くのか。彼のインスピレーション源は何か?

〉 Kenshin

リサーチでは膨大な文献と国内外の研究論文を読んだりします。発酵はオランダにある「ノーマ」っていう有名な面白いレストランの本『ノーマの発酵ガイド』を参考に。あとは古本屋を回って、昔の薬草や大全、薬学用植物の本を読んでいます。ハーブは書物で、『文明を変えた植物』が面白いです。 コーンが飢餓を救った話や、医療要素はないにしろタバコの話もあります。

『スペース・テン』なんかすごく面白くて。「IKEA」がやってるラボで、世界中の色々な人たちが集まって、建築、フードとありとあらゆることを作るんです。来るべき時代のための準備食を作っていて、昆虫や土を使って飢餓にどうやって対抗するか考えるんだけど、味も美味しい。うちは料理から結構インスパイアされてるんです。

 

 

 

■トランスパレンスとオルタネイティブ

全てのフローを0から構築し、自分たちなりの形を生み出すDIYの姿勢を貫く。膨大な労力を費やしてでも、自分たちで全く新しい次元を切り開くこと。そこにはKenshin氏の信念が確固として存在する。

〉 Kenshin

時間は関係なくて。時間がかかってもクオリティがいい方が共感される率も高いのかなと。ある程度のお金をかけてぱぱっとスピード感あって作るのがはやってるとは思うんですけど、自分には資金力もそうだし、こだわりを考えると、そこに対抗しててもしょうがないかなという気もする。

最近道志村っていうところで山小屋を購入して、生産者と契約をしました。改装もしますね。面白い木こりの方がたくさんいらっしゃって、そういう人たちと一緒に木を切って内容物を抽出するのをやりたい。

日本って制作過程などを詳らかに見せることがまだ遅れていて、トランスパレンス=透明度がないから。値段が高いって言われても、なんで高いのかって説明つきづらい。なぜ高いのかって納得してもらう過程を見られると、値段の高さもわかる。自分たちなりに、オルタネイティブなやり方でやった方がいい。

植物、蒸留、発酵と彼の探究心は尽きない。同時に海外事情にもオンタイムでキャッチアップし、自らが培ってきたフィールドに取り入れる先見の明。採取、蒸留、精製するだけでなく、コミュニティまでその活動範囲は広がる。それなりの値段でそれなりのクオリティのものは、記憶には残ることなく消費されるが、彼はそういった流れに真っ向から異を唱える。いやむしろ、全く別次元の世界線を生きているのかも知れない。全てを対象化し、全てに自分が納得できる解答を掲示する。既存のルールから遥か遠く離れた場所で、オルタナティブを突き進めるKenshin氏。

これからも彼の探究は終わらない。

 

 

 

 

 

 

 

– INTERVIEW & TEXT –     sumi miyuki
– PHOTOGARAPHY –     TADASHI MOCHIZUKI